劇団ひとりは不良の成り損ないだったのか。

ヤンキー文化論序説を読んでいる。

ヤンキー文化論序説

ヤンキー文化論序説

ちょうどNHKの「わたしが子どもだったころ」で劇団ひとりを取り上げていたけれど、「不良のまねごと」をしていたと本人が語っていた。千葉幕張という地域性もあるのだろうか。
友人の転校生でカリノというのが出てきて、彼はカバンを潰す、BOØWYを聞くなど、ヤンキーを知っていて、演じておどけている劇団ひとりと対照的に、自然体でユーモアのある自分だった、という話。
カリノと省吾(劇団ひとり)の話も、かなり触覚がある、内容だったのだけれど。カリノ役が、思春期男子の生々しさ全開で。
ああいう年の色気みたいのもあるのかと思ってしまった。あと、カリノみたいな奴との出会い、って必ずと言っていいほどあると思ったし、同世代で、かつ自分を全部バージョンアップさせたみたいな奴に憧れながら嫉妬する、みたいなこともあるでしょうよ。年上なら素直に憧れられるのに。
ていうか、憧れている部分を持ってるやつ。松本大洋のピンポン、とかもな。
あと、中学時代から地続きなのな。劇団ひとりが。

で、自分自身は全然ヤンキーでは無いことを本を読みながら改めて確認したわけですが。シンナー吸う奴とか見たことないし。
ミーハー、オタク、ヤンキーで分けるなら、オタクなんだろうなぁ。そりゃ。
本自体はかなり幅広く、ヤンキー性と、ヤンキーの実態と、不良とかの話と、社会的側面、文化的側面、硬軟取り揃え、という感じ。理解不能で半分嘲笑していたようなヤンキー性への理解が深まりました、まる、みたいな。いや、おもしろいです。特に、地域社会との関わりの側面であるとか、先輩から後輩へ、という側面であるとかが、地域共同体の空洞化というのを如実に反映していて気になった。

散漫としましたが。