ファンネルは何故「敵の武器」なのか



 『機動戦士Ζガンダム』(1985)に登場する、「ファンネル」という架空の兵器がある。番組のボスキャラクターであるハマーン・カーンが搭乗するモビルスーツキュベレイ」に搭載されている兵器で、自在に操ることができる小型の移動砲台である。番組中では、「ミノフスキー粒子」という架空の未知の素粒子が存在しており、これが可視光以外の電磁波を吸収・阻害してしまうため、レーダーやミサイルといった、誘導兵器が満足に使用できないという設定になっているが、このファンネルは例外的に、登場者の思念を増幅する「サイコ・コミュニケーター(サイコミュ)」を用いて操作できる、ということになっている。この能力を持つものは「ニュータイプ」と呼ばれる。

 

 この「ファンネル」は、前作にあたる『機動戦士ガンダム』(1979)では、敵のモビルアーマーエルメス」が使用する「ビット」という兵器の後継兵器であり、正式名称は「ファンネル・ビット」であり、その形状から、漏斗という意味をもつ「ファンネル」と名付けられたとも設定されている。

 

 いずれにせよ、ファンネル、ビットは敵方*1の使用する兵器として登場しており、主人公側が使用するのは、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988)における「フィン・ファンネル」を除けば富野由悠季監督作品では例がない。また、この「フィン・ファンネル」も通常のファンネルとは極端に形状が異なる武器となっている。

 

 このファンネルが敵方の武器であるのは何故なのか。その文芸上の意味とは何か。

 

 『ガンダム』におけるミノフスキー粒子は、電磁波を阻害する素粒子であるが、これは、現実の世界がレーダーとミサイルによって、直接の目視を伴わない電子戦へと移行するなか、未来の時代を描くSFとして、番組を成立させるための設定という面が大きいだろう。『ガンダム』では、巨大ロボットが直接銃撃や、格闘する場面が描かれるが、これがレーダーとミサイルだけで、先に発見した側が勝利する電子戦時代の戦闘では、番組としての味気が何もなくなってしまう。劇中の「一年戦争」は、第二次大戦的な総力戦をモチーフに描かれるが、そのような総力戦的な舞台を成立させるための設定といえるのだ。

 しかしながら、その総力戦的な世界の中に、レーダー・誘導兵器的な役割を持つものとして「ビット」が登場することになる。このビットは造語だが、情報通信の単位としてのビットのことだろう。ビットを操るモビルアーマーエルメスギリシャ神話における神ヘルメースであり、ヘルメースは伝令、情報通信の神でもある*2

 

 物語の後半、通常の電波が使用できない状況下で、なおも交信する能力を持つものである「ニュータイプ能力」とそれを用いた装置としての「サイコミュ兵器」が登場し、主人公であるアムロ・レイと、ニュータイプ能力をもつ少女ララァ・スンは、敵同士でありつつ、精神的な交流をするも、悲劇的な結末を迎える。その後の最終決戦において、アムロは爆発する敵拠点から、母艦も、搭乗機も失いつつも、ニュータイプ能力を使って、同艦に搭乗するクルーたちを脱出に導くことになる。

 

 このように『ガンダム』においては情報通信能力が希望的に描かれることとなったのだが、続編である『Zガンダム』で登場する同様の兵器は、ビットではなくファンネルと呼ばれる。そしてこのファンネルとは、「ビット」や「エルメス」が情報通信の謂であったこと、監督である富野由悠季は、「アニメばかりを見ていること」をしばしば批判する発言をしていることを考えれば、テレビに内蔵されていた、ブラウン管のファンネルガラスから取られた名称ということなのだろう。

 

 富野によるメディア(への耽溺)批判は、本人の発言に限らず、その後の作品にもしばしば登場している。『機動戦士ガンダムZΖ』(1986)の主題歌のタイトル『アニメじゃない』。『逆襲のシャア』では戦闘シミュレーターで無邪気に二機撃墜を誇っていたハサウェイ・ノアの残酷な結末。『機動戦士ガンダムF91』(1991)では、最終決戦においてボスキャラクターである鉄仮面は、脳波コントロールによる機械ごしの情報に頼っていたがために、主人公であるシーブック・ノアの機体の「塗料が剥がれ」ることによって現れる「残像」を本体と識別できず自滅するが、この残像とはセル画のメタファーであろう*3。そうであれば、最新作となる『機動戦士ガンダムGのレコンギスタ』のアイーダ・スルガンのセリフ「世界は四角くないんだから!」とは、モニター越しの世界認識批判となる。

 

 だからこそ「ファンネル」は敵役の武器である必要があり、『逆襲のシャア』において、アムロが扱うファンネルは漏斗型をしていない「フィン・ファンネル」であり、小惑星アクシズの中では「ラジオ」という「メディアを使って」みせる側なのだろう。

*1:機動戦士ガンダムは、アニメ史的には、敵味方を善悪とせず、国家同士の戦争とした点を画期として指摘することが多いが、「にも関わらず」ファンネルは長らく敵役の武器としてしか登場しなかった。

*2:

ここは筆者の見解ではなく、確か高橋裕行による見解だったはず

 

ララァエルメスという機体。あれはヘルメスですから「交通の神」ですね。ですから、アムロ、シャア、セイラを引き合わせる役回りになっています。そして、遠隔兵器の名前が「ビット」。いうまでもなく情報通信の基本単位であります。

午後10:52 · 2010年1月4日·Twitter Web Client」

 https://mobile.twitter.com/hyt/status/7367346300

*3:

これも筆者独自の見解ではない。

 

ねおらー31♎

@neora31

質量を持った残像 肉眼で見れば「剥げた塗料が宇宙に浮いてるだけ」何だけど 「機械のセンサーを目にしてモニターから世界を見てる」鉄仮面には「熱量反応」として探知してしまうから 攻撃を止められないっていう話になるので まぁ みんなもやっと飲み込めたね?

午後10:58 · 2022年6月21日·Twitter Web App

 

https://mobile.twitter.com/neora31/status/1539246283709632512